ESG推進の礎、PE業界におけるマテリアリティ策定の意義

サステナビリティの世界とESGの市場は日々進化を遂げており、地球全体のステークホルダーが持つ課題意識は広がり、企業が果たす役割への期待は大きくなっています。

企業・組織経営の文脈におけるマテリアリティとは、企業が中長期的に優先して取り組む重要課題を示します。自社のマテリアリティを特定することで、自社のリソースをビジョン達成に向けて効果的に集中させた上で、企業の価値創造につながる財務・非財務情報を投資家や株主などのステークホルダーに対して発信することができます。

今回は、インテグラル株式会社のマテリアリティ特定支援案件を担当したGLIN Impact Capitalが、同社のヴァイスプレジデントである伊藤様にマテリアリティ策定の背景や成果についてのお話を伺いました。

マテリアリティを策定した背景

サステナビリティを体現した創業理念

GLIN:御社の事業内容について教えてください。

インテグラル株式会社ヴァイスプレジデント伊藤 大亮氏(以下、伊藤):弊社は、2007年に創業した日本型のプライベートエクイティ(以下、PE)ファンドです。現在、運用資産残高は約1,800億円であり、現在は1,238億円の4号ファンドを運用しております。今年5月には、5号ファンドの立ち上げと資金調達が完了し、2,500億円でのファイナルクロージングを実施しました。2010年に運用開始した1号ファンドは112億円規模でしたが、順調にリターンを上げながら事業を拡大しています。

GLIN:御社のファンドとしての特徴はどのような部分でしょうか。

伊藤:弊社の哲学として、いわゆる短期投資で転売するように利益を出すのではなく、ステークホルダーの価値を積み上げることを重視するアプローチに特徴があります。具体的には、投資先企業の経営陣・従業員の皆さまと一緒になって、「現場」で共に汗をかくスタイルの経営支援を行い、投資先の皆様の元気を引き出す、引き上げることによって投資先をより良い企業に成長させることを目指しています。このアプローチにより、投資先企業の持続可能な成長と価値向上を促進し、それが結果としてファンドのリターンを高めることに繋がります。また、このような価値提供を愚直に実行することにより、他ファンドとの差別化が図られ、実際、新たな投資案件の獲得にも寄与すると考えています。

GLIN:御社がサステナビリティ推進に取り組んだきっかけを教えてください。

伊藤:インテグラルは創業当初から『Trusted Investor=信頼できる資本家』という経営理念を掲げています。資本家と経営者の信頼関係を全ての土台に、長期的な企業価値の向上を愚直に追求し、革新への積極果敢なチャレンジをサポートする、という行動規範には、サステナビリティに通底するものがあります。実際に、現場での積極的な支援や常駐型の経営支援人材の派遣(i-Engine)など、投資先企業の経営に対しても深く関与しています。

また、2010年代の中頃には、世界的にサステナビリティやESG(環境、社会、ガバナンス)対応の重要性が高まりました。業界内では早い方だったかと思いますが、弊社も2016年にはPRI(責任投資原則)に署名しました。特に2021年からはESGプロジェクト室を設置し、ESG投資方針を定め、それに基づき、投資先企業選定に係るスクリーニングの仕組みや、投資後における競争優位性構築サポートやモニタリングの仕組みを充実させてきました。

GLIN:御社のコアバリューである投資先企業への常駐型支援と、ESG対応の親和性はどのような部分にあったのでしょうか。

伊藤:弊社が投資先企業の大株主としてESG/サステナビリティ推進をサポートするメリットは大きいと思います。また、弊社のユニークな点として、自らの人材を投じて常駐型で経営を支援することで、我々自身も「現場」で日々の業務に直接関与しながら、ESGやサステナビリティ推進の重要性を実践的な形で伝えることができます。マイノリティ投資を行なう機関投資家等によるエンゲージメントと比較すると、かなり深いレベルで、スピーディー且つ効果的に取り組みを推進することができます。

投資先企業の競争優位性構築への意欲がマテリアリティ策定のきっかけに

GLIN:なぜこのタイミングで御社はマテリアリティを策定されたのでしょうか。

伊藤:これまで弊社のESG推進は、要件充足やネガティブスクリーニングが中心になりがちな部分もありました。今後は、弊社投資活動のより体系的な取り組みとして、競争優位性の構築や新規事業の種を見つけるなど、企業に付加価値を与えるためのポジティブスクリーニングを行いたいと思ったのがきっかけです。つまり、マテリアリティを策定することで、弊社の経営理念に照らし合わせて体系的にサステナビリティのテーマや課題を明確にし、それに基づき投資先企業へのサポートをより効果的に実施することが期待できると考えたのです。

GLIN:マテリアリティ策定においてGLINと協働したいと考えた理由を教えてください。

伊藤:弊社にはないESG/インパクト対応のノウハウを持っていたのがGLINでした。また、事業としてコンサルティングだけでなく投資活動も行うGLINは、投資家としての視点も持っており、他のコンサルティング会社と比べてもユニークでした。GLINの案件担当者は、ESG対応やサステナビリティのコンサルティング経験が豊富でしたので、ESG対応のPMO的な役割を期待してご依頼しました。また、とかく外形的に「形」から整えようと考えがちなESGアドバイザーも多々存在すると思われるなかで、本質的に必要なサステナビリティ推進の追求にこだわり、一緒に熱意をもって取り組んでくれそうな印象を受けました。

マテリアリティ策定を実施してみて

全社ワークショップが効果的

GLIN:マテリアリティを策定するにあたり、どのように進めましたか。

伊藤:弊社の場合は、元々の創業理念や事業戦略などが十分煮詰まっており、「哲学」が明確にありました。そのため、GLINには丁寧にテーラーメイドの提案をしていただき、創業当初から築き上げてきた弊社の文化を尊重しつつ、ESG課題を国際的なスタンダードを考慮しながら網羅的に検討するなど、ベストなバランスを探りながらプロジェクトを進めていただきました。特に、弊社は国内では稀な上場PEファンドであり、ユニークなクライアントだったとは思いますが、海外の上場PEファンドの事例を体系的にリサーチしていただき、グローバルファンドの取り組みや課題をベンチマークし、それを起点として弊社ならではのESG統合はどうあるべきか、本質的にディスカッションをすることができました。

GLIN:具体的なマテリアリティ策定プロセスや苦労した点を教えてください。

伊藤:事前にGLINと重要な課題を洗い出した上で、およそ80人の全社メンバーを巻き込んだワークショップを実施しました。

弊社は安易に「他社が取り組んでいるから」という理由で行動するカルチャーではないため、上場会社としてのIR開示要件を満たすための取り組みだけでは社内での共感を得ることができないと感じていました。「他の上場会社との横並び」ではなく、経営理念やパーパスから始めて、ステークホルダーからの期待も意識しつつ、サステナビリティの文脈で将来自分たちがどうありたいか・何に取り組みたいか、を本質的にメンバー全員で議論することができる1日がかりのオフサイトのワークショップを企画いただいたのはとても有益でした。

GLIN:マテリアリティ策定プロセスにおいて、御社独自のやり方や理論、ロジックが反映されたことで、結果として芯が通ったマテリアリティが作れたと感じています。マテリアリティの策定自体は形式的な基準に沿うべきプロセスがあるのですが、そのプロセスの本質は守りつつ、新たな議論を促し、経営陣の意見を集約して検討することができたため、GLINとしても多くの学びがありました。また、プロジェクトチームの皆さんは非常に探究心が強く、自ら考え、積極的に議論に参加していただいていた姿勢が印象的で、国内でも稀有なケースだったと感じています。

伊藤:チームメンバーという観点で振り返ってみると、やはりGLINを選んだ理由として、若手が多く、熱い情熱を感じたことが大きな要因でした。大手会計事務所やサステナビリティコンサルティング会社と比較しても、GLINは弊社と同様に、独自の視点で深く考え、この分野を探求したいという意欲的な人材が集まっているのではないでしょうか。例えば、国際スタンダードの本質についての深い議論や質問に対して、「こういうフレームワークですから」という簡単な回答ではなく、「何故そうなっているのか」を、GLINのメンバーの皆さん自身が興味深く掘り下げて追究してくれたことからも感じられました。

策定から開示まで1年間で完了するという目標を達成

GLIN:マテリアリティを一通り策定してみて、実際の成果はいかがでしたか。

伊藤:今回のプロジェクトでは、4つのマテリアリティを策定しました。1つは先ほどお話ししたような投資先企業の経営支援にフォーカスを当てて「投資先企業の現場の人々とともにより良い世界を創造する」というものですが、残りの3つは、弊社自身の組織や投資事業に関わるもので、「ワンチームで英知を結集する(人的資本の強化)」「全ステークホルダーにとって最適なガバナンスを探求する」「世界の資金を循環させ、豊かさを広く届ける(投資家へのリターン還元)」、というものになります。現在は、各マテリアリティに紐づいたアクション及び指標を検討中です。

特に、「人」が重要なリソースである弊社にとっては、現状の採用や育成方法に加えて、サステナブルな長期的視点で良い人財の採用・育成・リテンションのアプローチをどのようにアップデートしながら競争力を高めていくかを皆で改めて考えるきっかけができ、現在進行中のアクションにも繋げられていることとは一つの成果です。

また、プロジェクト全体が滞りなく進行したことも大きな成果です。タイトなスケジュールの中で「2023年末までにマテリアリティを策定し、開示する」という当初の目標を達成し、上場後に初めて出した有価証券報告書(2023年12月期)においても、マテリアリティを含めたサステナビリティ開示ができました。GLINからは、開示方法についても非常に詳細なアドバイスをいただき、その支援に感謝しています。

GLIN:ありがとうございます。プロジェクトを通じて、社内へのESG課題への意識の浸透具合はどの程度進みましたか。

伊藤:現在、各マテリアリティに基づく具体的なESGのアプローチを、弊社メンバーが当事者意識を持ちながら、どのように社内の活動に浸透させていくことができるか、社内の各ファンクションを巻き込んで検討を始めています。このような観点から見ると、ESGやサステナビリティ推進は、弊社の経営課題や事業活動とも密接に結びついているため、弊社メンバー全員で実施したマテリアリティ策定のワークショップが社内での浸透において有益だったと考えています。

インテグラル株式会社ヴァイスプレジデント伊藤氏

今後の展望〜投資先企業の要請に応じた常駐型のESG推進〜

経営陣の意思を尊重しながらESG推進をサポート

GLIN:PEファンドとしてマテリアリティ策定を実施してみた結果、見えてきた業界における課題や展望を教えてください。

伊藤: 欧米流のフレームワークを採用して投資先企業にトップダウンでアプローチするPEファンドもあれば、PRIに基づく最低限のルールに基づいたネガティブスクリーニングに留まるファンドもあるように、同じPE業界でもESG課題における考え方やアプローチは十人十色だと認識しています。弊社の場合は、経営陣の意向や理念を最大限尊重しており、押し売りするようなことは決してせず、あくまで経営陣からの要請がある場合について、経営やサステナビリティ推進のサポートを行っています。

GLIN:PEファンド業界のサステナビリティ開示を見てみると、投資先の取り組みだけを切り抜いて開示するケースもありますね。しかし、エンゲージメントを重視するステークホルダーが増えているなかで、投資先の紹介だけし続けるのでは、中長期的に本質的な取り組みを目指すのであれば不十分な印象があります。御社は引き続き、投資先企業に対する常駐型サポートやエンゲージメントを強化することで、業界のスタンダードな取り組みを超えて面白い成果を達成できるのではないでしょうか。

伊藤:投資先企業のCSRやESGに関連するエピソードを単に集約して開示するだけではなく、投資先企業における競争優位性構築や、より良い組織への変革を、長期的な視点で寄り添ってサポートしていくことこそが重要だと弊社メンバーは考えています。あくまで投資先企業からの要請に応じてではありますが、常駐派遣型の経営支援機能(i-Engine)も活用してESG/サステナビリティ推進を支援するケースが今後も増えれば良いと考えています。

GLIN:貴重なお話を聞かせていただき、大変感謝しています。このインタビュー記事を読んだ方々にとって、経営におけるマテリアリティ策定の重要性が理解されるきっかけとなることを願っています。今後も両社が共により良い社会の実現に向けて貢献していけることを楽しみにしています。

<参考情報>

https://www.integralkk.com/

取材協力: インテグラル株式会社

取材日:2024年6月21日(本記事の内容は取材日時点の情報です。)

文責:GLIN Impact Capital竹内、鈴木