-GIIN Impact Forum2024の振り返り-
2024年10月22日から24日にかけて、Global Impact Investing Network(GIIN)が主催するGIIN Impact Forumがアムステルダムで開催されさまざまなディスカッションが交わされました。GLIN Impact Capitalからは代表パートナーの中村と秦が参加しました。
GLINとしても3年連続でGIIN Impact Forumに参加していますが、過去からのディスカッションの積み重ねやトーンの変化も感じました。本記事では、GLINの2名が参加したセッションや参加者との会話の中から得たインサイトや情報をご紹介します。
私たちが得た情報を中心に、あくまで主観的ではありますが、2024年インパクト投資の現在地としてシェアさせていただきます。(なお、昨年の記事はこちらをご参考ください)
GIIN Impact Forumとは
GIIN Impact Forumは、GIINが主催する年に1度のカンファレンスです。GIINは世界のインパクト投資協会のような立ち位置で、全世界59カ国440以上のインパクト投資を推進する金融機関が署名するエコシステムビルディング団体です。主な活動内容としては、インパクト投資に関するリサーチやレポートの発行、テーマごとの議論を主導しています。そのGIINが主催する年間最大のイベントが「GIIN Impact Forum」であり、世界のインパクト投資関連カンファレンスの中でも最大規模を誇ります。
参加者の属性はほとんどがインパクト投資家で構成されており、インパクト投資を企業に対して直接行うインパクトファンド運営者(Asset Manager)、およびインパクトファンドに投資するファンド投資家(Asset Owner)が中心です。なかには、政府・省庁・規制当局関連の方々や、インパクト投資を受ける側の企業・スタートアップの方々も参加していました。
カンファレンスでは2日間にわたり、多彩なパネルディスカッションやネットワーキングイベントが開催されます。また、これらと並行して、参加者同士が個別にミーティングを行う場面も多く見られます。
毎年、この場で議論されるアジェンダや情報交換を通じて、その年のインパクト投資の主要テーマや、過去からの変化、そして将来の方向性を読み取ることができます。
概要所感
今年のGIIN Impact Forumで特に印象深かったのは、インパクト投資が世界中で拡大の好循環に入りつつあるなかで改めて浮上してきた「規模拡大を目指すだけでなく、何のためにインパクト投資をやるのか、今一度振り返ろう」という議論でした。ハイレベルな印象としては、昨年の議論を引き継いだ内容が多く、大きなサプライズはありませんでした。他方で、市場の拡大に伴って生まれた健全な自浄機能のようなディスカッションが行われていた点が特徴的でした。
世界のインパクト投資は特にこの5年で大きな拡大を見せています。Forum初日にGIINから発表された世界のインパクト投資総額は、USD $1.57 trillion(≒235兆円、2023年総計)でした。2018年がUSD $502 billionであったことから、この5年で約3倍と飛躍的な拡大をしていることがわかります。
その拡大の大部分を担っているのはマーケットレートのインパクト投資(通常の投資と同レベルの財務リターンを求める投資)です。諸説ありますが、インパクト投資は約20年前にBelow market rateのインパクト投資(通常の投資に比べて、財務リターンを劣後することを受け入れる代わりにインパクトの高い企業へ投資したり、もしくはリスクが高い企業へ投資をするもの)から始まり、このコンセプトに親和性があった財団や国際開発に関連する金融機関等を中心に拡がってきました。
一方で、Ronald Cohen氏が立ち上げたBridges Fund Managementに端を発するように、マーケットレート(財務リターン獲得)を前提とするインパクト投資が拡がりはじめ、2010年代後半にはBain Capital、TPG、KKRなどのグローバルメガPEファンドやBaillie Gifford, Black Rockなどの上場株投資ファンドもマーケットレートを確保することを前提にインパクト投資ファンドを立ち上げ始めました。こうした投資を通じて、インパクトと財務リターンの両立への理解が広がり、実績も積み重ねられ始めました。
その結果、欧米のアセットオーナー(年金基金など)やアジアの巨大政府系ファンドがインパクト投資に資金を投じるようになり、さらなる拡がりを見せ始めて現在の拡大期に至っています。
GIIN Forumにもそういった「マーケットレートの人たち」が顔を出し始めたのが約3~4年前で、特に昨年と今年は「マーケットレートの人たち」がディスカッションの中心になった印象を受けました。そういったなかで頻繁に聞こえたのは「インパクト投資はどう財務リターンに繋がるのか」という議論です。さまざまなインパクト投資家がデータ・ナラティブ・事例・市場環境などを引用して、インパクト投資と財務リターンの繋がりについて説明を試みていました。
一方で、インパクト投資は規模拡大を追求するのみならず、質も追求するべきだという議論も頻繁に聞こえました。「質を追求」というのは、1投資金額あたりのインパクト創出(社会課題解決)を最大化しようという考え方です。昨年はInvestor Contributionという言葉を用いて「インパクト投資家が資金提供以外にインパクト創出をどう支援しているのか」が注目されましたが、今年はそれに加えて、Systemic Change Investing(解決したい社会課題のために最も根本的な変革を促すための投資)の重要性を主張する人もいました。
引き続き拡大期にあるインパクト投資。次のレベルに昇華するため、財務リターン追求と社会インパクト創出の両面から健全な議論が行われていました。
各論
以下は各論のシェアになります。お時間のある方はぜひ引き続きお読みください。
インパクト投資規模の拡大 vs 質の議論(Scale vs Greatest needs vs Maximizing effectiveness(≒Systemic Change))
- GIIN Forum前日に開催されたMembers Dayのパネルディスカッションでは、「今後の3~5年でインパクト投資家は何を優先するべきか」という問いに対して、下記3つの意見を代表するそれぞれのパネリストが議論を交わしました。
1. インパクト投資全体のキャパシティを拡大するため、大規模なファンドを立ち上げることを追求する
2. 限られた資源(投資)を最大のニーズがある領域に集中させる
3. 投入した資本の効果を最大化することで、より大きなインパクトを得る
- 議論後、Audienceから投票をした結果が上記の写真になりますが、実際の議論では、1の意見 vs 2と3が一緒になった意見…といった構図になりました。議論を要約すると、「投資規模を拡大することでより多くの資金を課題解決に動員することができ、さらにインパクトやIMMをより丁寧に行うことができる(1の意見)」 vs 「規模の拡大を目標に置くのではなく、課題解決を主眼に置くことが重要ではないか。その考えに基づけば、その分野の課題解決のために最もレバレッジが効くセクターや技術に資金を投じることを考えるべきではないか(2+3の意見)」という内容でした。インパクト投資に関わる方々は、後者の論説に聞き覚えがあるかもしれません。これは、Systemic Invesitingの考え方であり、議論の中でも何度かパネリストからSystemic Investingという言葉も出ていました。今まで、インパクト投資の規模の拡大を賞賛していた流れがあったなかで、本議論は新鮮であり、インパクト投資の現在地を感じる大変興味深い議論となりました。
- その後のBreakout discussionでは、参加者の興味に応じて1~14の円卓に分かれて議論が行われました。議論テーマはClimateが突出して多かったです。また実際の会場を見渡した感覚では、14番目のグループであるSystemic Investingの卓に最も人が集まっていました。
- Systemic Investingの卓には、実際にSystemic Investingをやっている人から、まだ単語の意味を知らない人まで、多岐にわたる投資家が集まっていました。議論の中で事例がいくつか紹介されましたが、Policy engagementを行っている事例が多かった印象でした。また「Systemic Investingは多様なステークホルダーをコーディネートする役割が重要だが、その役割を誰が担うのか。一般的にファンドは10~15年と活動期間が定められることが多い中で、その役割を担えるのか」という議論がなされていたのが印象的でした。
年金基金に関するパネル
- Forumの開会宣言後最初のパネルとなるPleanary Panelは、昨年と同じく、インパクト投資を始めた欧米の年金基金のパネリストたちによるものでした。ABP Pension Fund社と Velliv, Pension & Livsforsikring A/S.社と Nuveen社が参加し、それぞれが昨今開始したインパクト投資プログラムの紹介がありました。各社とも財務リターンを毀損しないマーケットレートのインパクト投資に30 billion EUR、5 billion EUR、30 billion USDをアロケートしていくとのコメントがありました。これらの巨大な金融機関が、インパクト投資に資金を投じはじめ市場を形成・リードしはじめています。
- 資金を投じた決断の背景、テクニカルな手法、今後の注目分野について議論が交わされました。背景については、財務リターンを毀損しないインパクト投資の範囲で開始していることを前提としながら、「年金を委託している委託者がインパクト考慮を求め始めている」、「年金運用投資先の事業活動の結果、地球環境破壊や社会分断が進んだとしたら本末転倒ではないか」といった趣旨のコメントがありました。
- 手法について、「ESGにおいてはリスク緩和の発想で取り組んだが、インパクトの場合はインパクトアウトカムを求め、Risk Return Impactの3軸考慮で判断を進めている」というコメントがあり、投資先ファンドのインパクト評価とインパクトデータを重要視しているとの声もありました。
- また、今後注力していきたいインパクト分野として、 climate, nature and biodiversity, energy transition, demography and longevity, inequality 等が挙げられました。
財務リターンとインパクト投資に関するパネル
- 財務リターンとインパクト投資の相関を議論するパネルが昨年よりも増えていました。そのうちの一つのパネルでは、下記の様な事例や研究が紹介されました。
- 紹介された1つの研究では、初期的な分析結果として、インパクトと経済的リターンについて、「因果関係はないが相関関係はある」と発表されました。今後は分析をさらに精緻にしながら、インパクトと経済的リターンがなぜ正の相関を持つのかのメカニズムについても分析を深めていくと言及されました。
- また別の研究では、まだデータの少ないインパクト投資の代替として、インパクトを求めて活動を行う国際金融公社(IFC)の過去数十年間の財務パフォーマンスに関する発表がなされました。結果として、IFCのパフォーマンスは同期間のS&P500と同水準であったことが発表されました。まだインパクトがどのように経済的リターンに貢献しているかについては追加の調査が必要とのことでしたが、少なくとも「インパクトと経済的リターンはトレードオフの関係にはない」と言えるのではないかという主張がなされていました。
- マーケットレートのインパクト投資は、始まってまだ間もないところですが、このような研究に金融機関やアカデミアが取り組み始めたところがまず興味深いと思います。
インパクトファンド評価とインパクトデータ
- インパクト投資の規模の拡大に伴い、質を向上させたい、インパクトウォッシュを防ぎたいというニーズもが増えているなか、IMMに関するパネルが数多く設定されていました。
- 特に注目され始めているテーマとして、「インパクトファンド評価・インパクトデータ評価をいかにいかに客観的かつ公正に行うべきか」などがありました。先進的なインパクト評価・マネジメントを行う欧州のインパクトファンド、米国のアセットオーナー、そしてGLIN Impact Capitalも登壇させていただきました!インパクトファンド第三者検証を行うBlueMarkがモデレートし、同社の新たなインパクトファンド評価手法のFund IDの紹介がありました。会場は超満員で、このテーマへの関心の高さがうかがえました。
- 別のパネルでも、インパクトファンド評価におけるアセットオーナーの意見が紹介されました。欧州のとあるアセットオーナーは、システムチェンジの考えを取り入れて投資テーマを選定しているという声や、ファンドマネージャーとインパクトデータを共有してファンドの審査と管理に活用しているという声が聞かれ、先進的な印象を受けました。
Climate techとインパクト投資
数あるパネル・議論において、個別のインパクトテーマとして最も多かったのはClimate tech / Clean Energy関連のものでした。前述のMembers Dayのアジェンダでも、Forum中のアジェンダでも最も取り上げられており、昨今のインパクト投資家の最大のテーマであることは明らかでした。下記のGIIN 最新レポートでも、データがその勢いを表しています。また、Climate techの中でも新たに注目されるテーマが出てきており、Biodiversity(生物多様性)、Marine Rerources(海洋保全)など、あまり日本では聞きなれないテーマを対象とする投資家もいました。
AIとインパクト投資
- おそらく昨年対比で最も増えていたディスカッションテーマの一つは「AIとインパクト投資」ではないでしょうか。
- 投資テーマとしてのAI risk & opportunityの話題が多く聞かれました。インパクト投資家独自の視点として興味深かったのは、IMMやポートフォリオ管理にAIを活用できるのではないか(そういったソフトが欲しい)といった声でした。
- またThoughtfulな人が多いインパクト投資業界でよく聞かれたのがAI規制についてです。ちょうどGIIN Forumの少し前に、EUではArtificial Intelligence Actが制定され、採用やSocial scoreについての使用が制限・禁止されはじめていました。米国でもいくつかの州で採用やクレジットスコア算出時のAIの使用が制限され始めているといった点が話題になりました。
- 一方でAIの活用によって起こるイノベーションはさまざまな社会課題解決をドライブする力としても認識され、投資テーマ・戦略に重要な影響を与えます。AIは諸刃の剣であり、不可避なテクノロジーでもあることから、どのように順応していくかが問われています。
- 加えて、AI需要によってデータセンターとエネルギー需要が急激に高まることが予想されており、この需要自体も一つの社会課題として認識されています。つい最近も、GAFAが自社のエネルギーをまかなうためにNuclear Energyの活用を行うことを決め、関連分野への投資などを進めています。
(※余談)Japan Networking Lunchが開催されました!
インパクト志向金融宣言主催でGIIN Forum中に会場で「Japan Networking Lunch」を開催しました。日本参加者と海外参加者のネットワーキングを促し、連携・協業促進を目的としたものです。あわせて45人が参加し、実務的な意見交換が活発に行われました。
ご紹介は以上となります。最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!今後もこうしたグローバルな議論についてはさまざまな形でシェアしていきたいと思います。