2023年に入り米国国内では事業活動にESG(環境・社会・ガバナンス)を取り入れる企業や投資家に対抗する「反ESG」運動が起こっています。今回は、米国で混乱を招いているESGバックラッシュの解説とそれに対するGLINのスタンスや今後の方針をご紹介します。
1.象徴的な出来事
今年3月に米国の上院議会は、退職年金基金のマネジャーに対して投資先の選定時にESGの要因を検討することを許容するバイデン政権の投資規則を無効にする決議案を採択しました。ESG投資を推進することが、機関投資家の受託者責任に抵触するという考え方が示されました(機関投資家は受託者責任のもとで、一般的に経済的リターンの最大化を図るべきと考えられてきたため、経済的リターンのみならずESG要素を考慮して投資を行うことは、機関投資家の受託者責任に反するのではないかという点が法的に問題になりました。)この決議案に対してバイデン大統領は拒否権を行使し、ギリギリのところでESGを守りました。
「2022年12月1日に公布された米国の企業年金に対するESG投資に関する規制改正では、前トランプ政権下でとられた消極的なESG姿勢を改め、企業年金の資産運用において、ESG要素を考慮して投資判断を行ったり議決権を行使したりできると定められました。しかし、それを無効とする合同決議案が議会を通過したため、バイデン大統領は、就任後初めて拒否権を行使することを余儀なくされました。結果的に、民主党バイデン政権が、ESGを推進するべきだと主張し、ERISA法を守りました。」(https://j-money.jp/article/105845/)
ERISA法
米国において1974年に制定された企業年金制度や福利厚生制度の設計や運営を統一的に規定する連邦法。Employee Retirement Income Security Act(従業員退職所得保障法)の頭文字をとってERISA(エリサ)と呼ばれている。ERISA法には経済的リターン以外の付随的な便益を伴う投資に関して特段の規定が定められていなかったため、投資判断にESG要素を組み込むことが同法と整合するのかが長年論点となってきた。(https://j-money.jp/article/105845/)このように、米国ではESGを巡る分断が表面化し、州によってもESG推進派(民主党)とESG反対派(共和党)で意見が異なる現状が続いています。
2.反ESGに関するニュース
反ESGの動きが加速するなかで、業界を揺るがすニュースが数多くあります。なかでも、話題になったニュースを2点ご紹介し、GLINの捉え方をご紹介します。
一つ目は、『米ブラックロックCEO、ESGの用語「もう使わず」』です。金融機関の間では、ESG反対勢力に反応されることを懸念し、ESG的な対応をしていてもあえてESGという用語を使用しない動きも出てきています(Green hushingと表現されたりしています)。例として、世界最大の資産運用会社、米ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は、ESGという用語を自身としては「もう使うつもりはない」と述べました。保守強硬派と左派の双方がESGという言葉を「誤解」して「攻撃材料として使う」ためだそうです。
実際に金融機関に従事する実務家を含め、ESGという用語が投資活動にネガティブな作用を起こすのであれば、その用語自体を使用したくないと思うのが正直なところだと思います。ただし、世界的に見ても反ESGの動きが明確にあるのは米国のみと言えます。サステナブルファイナンスをリードしてきたEUでは引き続きESGは非常に重要であり、ESG商品以外にもサステナビリティに関する非財務情報の開示を求めるような可能性も出始めています。そのため、実態として米国の金融機関も反ESG運動からくるネガティブな影響を最小限にするためにESGという用語は使用せずとも、実態としてはヨーロッパの規制にも対応できる様にESGを加味した運用は行っているということを聞くことも多くあります。
二つ目のニュースは、『米S&Pグローバル、企業のESG採点を停止 政治分断映す』 です。米格付け会社S&Pグローバル・レーティングは、従来、信用格付けを行うときにESGを組み込んで信用格付けを行っていましたが、信用格付けリポートに記載していたESGの定量評価について公表を取りやめました。
センセーショナルに取り挙げられたこのニュースですが、信用格付けの中でのESG要素の格付けを行わなくなったものであり、同社が提供しているESG格付けの審査は引き続き行われています。多くの投資家が信用格付けとESG格付けの両方を参考に投資判断を行っていますので、信用格付けの中でのESG格付けが行われなくなったことで「ESG」は考慮されなくなったと捉えるのは拙速かもしれません。
2つの報道からも感じ取れるように、反ESGの動きに関する報道は、ESGの終焉を想起させる表現が散見されますが、実態やその背後にある動きを把握することが重要と考えています。米国については議会や州で見ればESG支持と反支持者が半々のような状況になっていますが、逆に半分のグループは引き続きESGを支持しています。2020年ごろまで米国の殆どの企業や金融機関がESGをあまり考慮していなかった実態を鑑みると、揺り戻しはありながら、3年で大きく前進していると捉えることも出来るかもしれません。
例えば、カリフォルニア州ではつい最近、企業の温室効果ガスの排出情報の公表を義務化する法案が可決される動きも出てきています。(https://www.esgtoday.com/california-lawmakers-pass-bill-requiring-companies-to-disclose-full-value-chain-emissions/)
3.GLINのスタンス
今後米国の政治劇の進展によりESGという用語が残る/残らないに関わらず、GLINの投資活動のスタンスは変わらず、今後も企業の正と負の外部経済性や非財務情報を投資・事業判断と評価に組み込む活動が非常に重要と考えています。
理由①
政治の流れが変わろうと、ESG/インパクト投資のラベリングのトレンドが変わろうと、サステナブルファイナンス推進の流れの大きな背景となっている、経済活動の拡大に伴う「地球温暖化」や「格差の拡大」といった問題の加速に変化はありませんし、それに伴うミレニアル・Z世代の価値観変化の傾向も変わりません。特に環境問題については、地球の資源には限りがあり、人類の経済活動の発展に伴い温暖化が加速し続けている状況は変わっていません。この事実がある以上、我々の社会における経済・金融のあり方、評価や判断手法をアップデートする必要があることは変わりません。
理由②
GLINはこれまで、ESG/インパクトの観点を取り入れて投資の判断・評価を行ってきました。その実践の中から言えることは、企業の財務諸表のみならず、外部経済性に関する情報や非財務情報を含めた投資の判断・評価を行うことは、より多くの包括的な情報を基にした評価と判断であり、それは持続的に力強く成長していく会社の選定と創出に繋がっているということです。その結果、それらの点を考慮しない投資判断に比べて、より良い投資・評価手法であると考えています。
理由③
中長期的にGLINが目指していることは、ESG投資やインパクト投資の手法で試みられている「外部経済性を始めとした非財務情報を組込んだ評価と判断の仕組み」について、最適な手法を実務者として作っていくことです。ESG投資もインパクト投資もそれぞれ一つの手法に過ぎず、手法の洗練化に伴い言葉や定義は変わっていくべきものだと考えています。ESG・インパクト投資という言葉を使うまでもなく、それらの手法が当たり前になる日が来ることが我々の理想とする将来とも言えます。
理由④
GLINが本拠地を置く日本ではESGの逆風は起きておらず、むしろ力強い順風が吹いています。23年10月3日に東京で開催されたサステナブルファイナンス界最大のカンファレンスPRI in Person 2023において、同会議史上初めて首相レベルのスピーカーとして岸田首相がご挨拶されました。このなかで岸田首相は、投資を通じて社会課題解決に取り組み変革に取り組む企業の成長を支援することは受託者責任の範囲内であると述べ、また運用総額90兆円規模の7つの日本の公的年金がPRIに署名するように調整していることを明かしました。
4.まとめ
以上のように、米国の政治劇によりESGという言葉が変化したとしても、外部経済性や非財務情報を含めた企業評価と投資・事業の意思決定をするという我々のスタンスは変わりません。
ご参考までに、ESGという用語を使用する/しないに関わらず、今までESGの文脈で取り組んできたことは今後も継続して取り組んでいくというGLINのスタンスに近しい考え方として、Coca ColaとNovartisのCEOコメントに関する記事をご紹介します。
現在の金融の世界では、ESG/ インパクト投資、サステナブルファイナンスに関して、どれほど良い財務リターンを出せたのかによってその投資手法が良い手法なのか、存続するべきなのかが評価されていることが現実です。
そのためGLINとしては、ESG/インパクト投資でより良い金銭的リターンを着実に積み上げていく必要があると考えています。我々の実践を通じて、非財務情報を投資判断に組み込んだESG/インパクト投資がより良いリターンを出すことを証明できるのではあれば、結果としてESG/インパクト投資の主流化に貢献できると考えています。
今回の記事では、GLINとして、米国のESGのバックラッシュの流れをどのように捉えているのかをご説明しました。目まぐるしく移り行く世の中ですが、今回のブログを機に、みなさまの反ESG議論についての理解が深まることに貢献出来ていましたら幸いです。