現役インパクトVC投資家が解説する「J-Startup Impact」プログラムの応募要項と応募のポイント

経済産業省は7月7日に、インパクトスタートアップの育成・認知向上の為、既存のスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」において新たにインパクトスタートアップを選定する、「J-Startup Impact」プログラムの新設を発表しました!

新しい資本主義実現会議から打ち出された「スタートアップ育成5か年計画」において、インパクトスタートアップの支援が設定されており、その一環の重要な施策と思われます。

7月27日に募集が締め切られる「J-Startup Impact」。大きな盛り上がりを見せておりますが、その選考基準や設問についてインパクト業界のマニアックな用語や内容が多いため、応募を検討しているスタートアップは「??」な状態の方が多いかもしれません。GLINにも複数社から「これってどうやって回答すれば良いの?」と問い合わせがありました。

そこで、今回はその募集要項について一つ一つ、弊社のインパクト業界の知見を活かして解説させていただきます!GLIN Impact Capitalは、本件の基準作成や選考等には一切かかわっておりませんので、あくまで第三者有識者の一つの意見・見方とご理解ください

さて、早速ですが本件の募集要領において下記の評価項目が記載されています。

大項目小項目
1. インパクトスタートアップとしての意思
2. 社会的インパクト向上を目指す効果的な取組など① 課題設定
(課題設定、受益者の特定と受益者の変化、課題の 重要性 等 )
② 事業・取組
(具体的な事業内容、事業と成果の論理構造(ロジックモデル等))
③ 測定・評価
(指標、測定方法、評価方法 等)
④ 経営体制
(担当役員・部門等体制の整備、研修の実施、人事 評価等への反映、資金調達への反映、従業員への 配慮、環境への配慮、その他のステークホルダー への配慮 等)
⑤ 情報開示
(社会的インパクト向上を目指す活動内容やインパ クトレポートの公表 等)
3. インパクトスタートアップとしての影響力・ロールモデル性

また、実際に応募内容を記載する応募様式にて下記のインパクト評価項目が質問されています(各問200字程度記載)。

大項目小項目
1. インパクトスタートアップとしての意思
社会課題解決や新たなビジョン実現と、ビジネスとしての持続可能な成長を共に目指す意思を会社が有していることについて、ビジョン、ミッション、パーパス等の宣言として会社の定款やWebサイト等において表明していますか。表明している場合には、内容について抜粋して記載してください。
2. 社会的インパクト向上を目指す効果的な取組など① 課題設定
事業活動を通して、どういった社会課題や新たな社会ビジョンの実現に取り組んでいますか。なぜその課題の解決が重要であると考えているのかについても併せてご記載ください。
② 受益者の特定と受益者の変化
事業活動を通して関わる受益者を特定していますか。
また事業活動を通して受益者に対してどのような変化を生み出すことを想定していますか。
※受益者は地球・人類等ではなく、事業活動を通して具体的に関わり得る範囲で特定すること。
③ 具体的な事業内容
社会課題解決や新たな社会ビジョンの実現に向けて、どのような具体的な事業を実施していますか。 具体的な例をご記載ください。
④ 組織運営
インパクトスタートアップとしての意思や理念は、事業活動のみではなく会社の組織運営に際しても意識されていますか。組織運営において、社会的インパクト向上を目指す取組を実施している場合には具体的な例をご記載ください。
⑤ その他の取組
その他、評価項目を参考に社会的インパクト向上を目指して特に注力している取組があればご記載ください。
※評価項目・評価ポイントは「募集要領」参照
3. インパクトスタートアップとしての影響力・ロールモデル性
インパクトスタートアップとして、この事業が社会や市場に与えうる影響力やロールモデル性は何でしょうか。具体的に取組内容とそのインパクトをご記載ください。
(例)自社だけが取り組んでいる革新的な事業、対症療法的な解決策ではなく社会構造の変革に繋がるような取組、他社が模範出来るような先駆的且つモデル性の高い取組 等

このように募集要領と応募様式の項目を見比べると、少し違いがありますね。募集要領における2-③「測定・評価」と2-⑤「情報開示」について、応募様式では明確に聞かれておらず、一方で応募様式には⑤「その他の取組」の項目があります。選考者は募集要領の項目に沿って星取表のように採点するかもしれませんので、「測定・評価」と「情報開示」については、応募様式の2-⑤「その他の取組」に記載することと整理し、以下の解説を応募様式の問いに沿って進めさせていただきます!

1. インパクトスタートアップとしての意思について

インパクト投資家がインパクトスタートアップを評価する際、「社会問題解決の為に事業を行っている」という意図(Intentionality)を確認する事が慣習となっています。このセクションではその慣習に近い事が問われています。

重要ポイント

  • 経営者・マネジメントが明確な社会課題解決(インパクト追求)のために事業を行っているかを示すことが重要です。そのための活動のトラクションをアピールしましょう
  • 会社のウェブサイトに加えて、定款にミッション・パーパスの表明があると、よりスタートアップの本気度が伝わります
  • プラスで評価をされる点としては、起業家や創業チームの経歴が挙げられます。事業を興す前に関連する社会課題分野で経験を積んでいるか。もし関連する経歴がある場合、プラスポイントとして評価されるので、ご記載をお勧めします
例:クライメートテック企業を起業する人を例にとると、前の経歴でクライメートテック関連の事業や研究などに従事した経験があるとより説得力がありますよね。
例:Beyond Meatという、食物由来の肉代替品を製造している米国のインパクト企業があります。精肉の過程ではCO2排出量が極めて多く、「大豆から肉代替品を製造することでCFP (カーボンフットプリント)を減らすこと」がBeyond Meatの「意図」です。創業者も学生時からファーストキャリアまで、クライメート系のイシューに沿ってキャリアを築いており、経営者の本気度やイシューの強さが分かり易いです。
こちらの記事が参考になります:https://impactshare.substack.com/p/beyond-meatipo

2-① 課題設定について

ピッチデックの最初のページに記載があるような、どの様な社会課題のために事業を行うのかを記載するセクションです。

重要ポイント

  • あなたが取り組んでいる社会課題に対しての理解の深さを示すことが重要です。世の中には様々な社会課題が存在し、それぞれの社会課題に原因があります。大抵の場合、一つの社会課題に対して複数原因が存在します。その中の特に重要な原因に対して、あなたの事業がアドレスしていることを示すことが重要です
  • 課題解決の重要性について:Impact Frontiers が発刊しているガイドラインにも記載がある様に、課題・受益者に対して事業が与えるインパクトの大きさを「広さ・深さ・長さ」で表す方法があります。課題の深刻さを説明する際のフレームワークとして活用してみたらいかがでしょうか? (注釈1参照)
  • 課題解決の重要性について②:もう一つ、その課題を解決することが重要だと示すアプローチとして、逆説的ですがそれが重要であるが故に世の中の多くの人のコンセンサスになっていることを示す方法もあります。典型的なものは自社事業がSDGsと関連していると示す方法です。それ以外にも下記のような共通指標・目標があります(注釈2参照)

注釈1

広さ特定の社会課題によって被害を被っている人の数
深さ特定の社会課題が被害者1人に与えているペインポイントの深刻さ
長さ特定の社会課題によって被害者が苦しむ期間の長さ

注釈2

SDGs国連が定めた共通目標。途上国開発の文脈のGoalが多い印象
IRIS+グローバルでインパクト投資家の共通指標になっている
金融庁公表
インパクト指標
金融庁が公表したインパクト指標。日本の文脈が幅広く反映されている
経団連公表
インパクト指標
経団連が公表したインパクト指標。レジリアンスやヘルスケアに重点が置かれている

2-② 受益者の特定と受益者の変化

事業のペルソナやカスタマーペインの考え方に関連するセクションです。

重要ポイント

  • あなたの提供する製品やサービスが誰のどんな課題を解決しているか。解決されている相手(受益者)がどの様な事で困っているのか、それに対してあなたの提供するプロダクト・サービスを享受する受益者がどの様に変化するのか、具体的に示すことが重要です
  • 受益者のペインポイントがあるからこそ事業が成り立ち、ペインポイントが深いからこそ事業が必要とされます。受益者のペインポイントがどう社会課題と繋がっているのかも示唆することが重要です

留意点:

  • 通常のスタートアップに比べインパクト投資家・スタートアップが深掘りたいこととして、お金を払うユーザーと受益者が異なる場合がある事が挙げられます。そのため「受益者の特定」が重要になります(例1参照)
  • 環境関連の事業など、受益者が地球や人類と大きく抽象的になりがちです。その場合、サービス・製品を使用するクライアント(もしくはクライアントの事業)やその先の消費者を受益者として、受益者が発生している環境汚染(Greenhouse Gasの排出や水質土壌汚染など)がどう減るかを説明すると良いかもしれません

例1:妊活をサポートする事業

B2Cモデル例:不妊治療クリニック
受益者とサービス・製品の購入者が一致
B2Bモデル例:妊活支援を企業の福利厚生として提供
受益者(妊活をするひと)とサービス・製品の購入者(福利厚生として提供する起業)が不一致
上記例のB2Bモデルの場合、該当企業で働く妊活をするひとが受益者となり、そのひとの状況や変化について具体的に記載することが重要です

2-③ 具体的な事業内容について

重要ポイント

  • ここのセクションでは、事業についての説明をしつつ、その事業と社会課題解決の繋がりを表すことが重要と考えます。GLINでは、PIF(プロダクトインパクトフィット)と呼んでいますが、行っている事業と解決したい社会課題の繋がりを明らかにしましょう
例:在日外国人の権利や働き方を向上したいという社会課題解決を志す場合、どの様な事業があるでしょうか。例えば、在日外国人の就労支援の事業などが思い浮かびます。

一方で、訪日外国人に対するインバウンド観光事業(例:訪日外国人に対するツアーなど)は、上記で解決したい社会課題解決とはずれがあるかもしれません。課題、課題のボトルネック、そして事業の繋がりをはっきりさせることが重要です。

インパクトスタートアップ・投資・NPO業界ではロジックモデルというフレームワークを用いて、事業と課題解決の繋がりを明らかにすることが多くあります。ロジックモデルを作成することで、この問いへの答え方が整理されるかもしれません。

ロジックモデル定義:会社の行っている事業がどのような結果(アウトプット)や成果(アウトカム)を生み出し、その結果がどのように社会課題解決(インパクト)に繋がるかを明確にしたもの
メリット:ロジックモデルを作成することにより、2-①~③の回答を行うための整理が出来ます。事業と社会課題解決の繋がり、達成に向けた時間軸を明らかにすることが出来ます
参考:弊社出資先の坂ノ途中がロジックモデルを”Theory of Change”として2022年発刊のレポートに記載しています。(このレポートに記載されているものは、同社が作成したロジックモデルの概念を抽出した要約・簡易版になりますが。)

2-④ 組織運営について

このセクションは募集要領においては次の点が列挙されています。”担当役員・部門等体制の整備、研修の実施、人事 評価等への反映、資金調達への反映、従業員への 配慮、環境への配慮、その他のステークホルダー への配慮 等”。

重要ポイント

  • 列挙された項目を見る限り、ESG投資で審査されるような内容が並んでいます。その観点から推察して項目を補足すると、下記のような点が重要視されるでしょう
Eあなたの会社はどれだけ環境負荷が少ないか。
施策の例:ペーパーレス化、節電、製造過程のCO2排出削減の取り組み(製造業企業の場合)、水質土壌汚染防止の体制等…
Sあなたの会社は従業員や取引先・顧客の価値向上に取り組んでいるか。
施策の例:従業員の多様性考慮、従業員エンゲージメントの重視(研修による能力開発、適正な評価、昇進制度など)、サプライチェーンにおける人権尊重、データプライバシーの遵守(テック企業の場合)等…
Gあなたの会社は透明・公正な経営を行うための仕組みがあるか。
施策の例:役員や理事の多様性、不正が行われない様な体制の整備等、インパクトを理解する投資家が入っているか(入れようとしているか)、等…

重要ポイント

  • ステークホルダーへの配慮も評価内容に含まれています。この点で最も有効な取組はマテリアリティ(重要課題)の設定が例として挙げられます (弊社出資先のユニファもマテリアリティを公開しています)。スタートアップが自社リソースのみでここまで実施することは難しいと思いますが、中長期的に取り組めると良いでしょう

(ユニファのマテリアリティ)

2-⑤ その他の取組

冒頭述べた通り、募集要領の評価項目に記載され、応募様式から漏れている2-③「測定・評価」と2-⑤「情報開示」についてアピールすると良いかもしれません。

重要ポイント

  • 測定・評価については、ロジックモデルを作成しているか、そのうえでインパクト評価を行っているか、そのうえでインパクト改善のPDCAを回しているか、等が重要でしょう
  • 情報開示については、インパクトレポートや報告書を発行することが一般的です
  • この2つを網羅したのお手本の様な例といえるのが、多拠点居住プラットフォーム「ADDress」を運営する株式会社アドレスのレポートとリリースと思います。ここまでのものを全て独自で行うのは難しいと思いますが、将来の一つの目標としてご参考ください

3. インパクトスタートアップとしての影響力。ロールモデル性

設問において「インパクトスタートアップとして、この事業が社会や市場に与えうる影響力やロールモデル性は何でしょうか。具体的に取組内容とそのインパクトをご記載ください。」と書かれ、例として「自社だけが取り組んでいる革新的な事業、対症療法的な解決策ではなく社会構造の変革に繋がるような取組、他社が模範出来るような先駆的且つモデル性の高い取組 等」挙げられています。この項目はなかなか難しいですね、、、

重要ポイント

  • 一見すると「革新性・唯一性」「模範できること」と矛盾することを聞かれている様な印象を受けますが、とある社会課題の解決における自社活動の影響が、自社以外のその他の既存の活動からの影響に対して「どれだけ差異や追加性を生み出しているか」という問いと理解できるかもしれません
  • インパクト投資業界には、「Counterfactual (カウンタファクチュアル)」という考え方が存在します。社会課題の解決においては、様々なアクターやイベントによってその課題の解決が行われていくベースラインがあり、それに対して投資先インパクト企業のサービス・商品がどれだけ課題解決のプラスになっているか説明する考え方です
  • その付加の出し方は、自社事業で根本的な原因にアドレスするアプローチもあれば、課題解決のエコシステム発展に貢献するなど、様々なアプローチがあります。アプローチの違いはあれど、自社活動の重要性・追加性を示すことが重要とされます。この問いでその部分を説明できると良いのではないでしょうか

以上、長くなってしまいましたが、GLINなりの重要ポイントとアプローチを補足してみました。繰り返しとなりますが、GLINは本件の基準作成や選考には関わっておらず、あくまでこの分野に知見のあるチームからの1つの意見として参考ください。いずれにせよ、GLINは インパクトスタートアップを応援しています!本投稿がプログラム応募のお役に立つと共に、今後のインパクト創出の長い旅のサポートになれば幸いです。