KDDI傘下ファンドの非財務データの可視化への挑戦。「インパクト・デューデリジェンス」のポイントとは?

近年、企業は投資家、従業員、一般の生活者など多様なステークホルダーからの期待に応えるため、自社のビジネスを通じて社会課題に積極的に取り組むことが求められています。この動きにより、企業は直接的な製品やサービスだけでなく、事業や活動の長期的な結果として広範なステークホルダーに与える社会的、環境的な影響(インパクト)を考慮することが重視されています。

近年、投資やM&Aにおける「インパクト・デューデリジェンス(以下、インパクトDD)」が欧州を中心に主流化しています。従来、投資対象となる企業または事業の価値に影響を与えうる事項を調査するDDは、主にビジネス、財務、税務、法務等の領域が対象でした。

一方インパクトDDでは、企業が社会に対して生み出す価値に焦点を当て、投資を通じて生み出される社会的価値をリターンとして分析を行います。つまり外部経済(ビジネスを通じて生み出される社会への「正の影響」)は何に対してどの程度価値を創出するのか、またその価値は今後どの程度成長しそうかを評価した上で、投資判断をするということになります。

KDDI株式会社のCVCであるKDDI Green Partners Fund(運営者:SBIインベストメント株式会社)は、環境課題に取り組むスタートアップ企業への出資を検討する際にインパクトDDを実施し、実際に4社(2024年9月17日公開時点)の投資決定に至りました。同社のインパクト投資推進ついて、KDDI株式会社サステナビリティ企画部企画グループ、グループリーダーの青木圭秀様と大庭隆宏様に、今回のインパクトDDを支援したGLIN Impact Capital(以下、GLIN)がお話を伺いました。

インパクトDDを実施した背景
〜従来の財務DDでは解決できない課題を打破〜

ファンド設立の背景にある最重要マテリアリティ

サステナビリティ企画部企画グループ グループリーダー 青木氏

サステナビリティ企画部企画グループ グループリーダー 青木氏

GLIN:まず、御社が行っているサステナビリティへの取り組みとKDDI Green Partners Fundを設立された経緯を教えてください。

サステナビリティ企画部企画グループ グループリーダー 青木氏(以下、青木):KDDIでは2022年に、KDDIグループのサステナビリティ経営の実施にあたり、マテリアリティを6つ特定しました。その1つが「カーボンニュートラルの実現」であり、脱炭素は当社の最重要の取り組みとして位置づけられています。

この脱炭素経営の実現に当たって目をつけたのが、スタートアップとの協業です。当社はここ10年ほど、スタートアップとのオープンイノベーションに取り組んでいたのですが、今後はファンド(CVC)という形で、革新的な技術やビジネスモデルを有するスタートアップの力を借りて脱炭素に取り組むことになり、KDDI Green Partners Fundが誕生しました。

当ファンドはKDDIグループ自体の排出量だけでなく、事業を通じた社会の脱炭素の実現、いわゆる社会的インパクトの創出を目指しています。主に気候変動問題に取り組むスタートアップ企業を投資先として資金を提供しています。現在は、気候変動のほか、生物多様性、サーキュラーエコノミーなど環境領域全般に取り組んでいます。

GLIN:グループ全体のマテリアリティに基づいて、ファンドが誕生したのですね。所属部署についてお伺いしたいのですが、企業のサステナビリティ部署がCVCを持っているのは珍しいのではないでしょうか。

青木:そうですね。私が所属しているサステナビリティ経営推進本部では、部署のミッションとして、KDDIグループ全体のサステナビリティ経営推進を掲げています。サステナビリティに関わる部門として、財務価値に現れない非財務価値の可視化や測定に関する取り組みは以前から行っていて、例えば2021年には非財務活動のパラメータとPBRの相関関係について柳モデル*1を用いた分析を実施したり、本年2024年にはIoT事業に関するインパクト加重会計を行った結果の公表も行っています。KDDIとしては、サステナビリティ部門のCVCだからこそ、社会的インパクトにフォーカスすることが容易であり、インパクト投資を行う意義があると考えられる土壌がすでにあったのだと思います。

GLIN:最近は、事業会社のCVC立ち上げの際に、自社と社会課題をどのように紐付けて取り組むべきか迷っているファンドが多い印象があります。サステナビリティ全体のテーマではなく、あえて気候変動という特定領域に絞ったのはなぜだったのでしょうか。

青木:投資領域として気候変動がホットトピックであったのに加えて、当社グループとしてもカーボンニュートラルの実現がサステナビリティ経営を推進する上で優先度が高いマテリアリティだったからです。また、取り組むテーマのスコープが広すぎるとメンバーの専門性を一気に担保できないという懸念もありました。

GLIN:なるほど。領域を絞ることで経営上の重要課題を優先し、メンバーの専門性もエッジを効かせられるということですね。KPI策定時に定量化も検討しやすいですし、理想的なインパクトファンドの戦略だと思います。

インパクトDD導入前に感じていたリスク

サステナビリティ企画部企画グループ 大庭氏

GLIN:今回、KDDI Green Partners Fundがスタートアップに出資を検討する際に、インパクトDDを実施した背景を教えてください。

大庭:KDDI Green Partners Fundでは「財務リターン」「戦略リターン」「社会的・環境的インパクト」という3つの判断軸で投資判断を進めていましたが、当時の課題感として、社会的・環境的インパクトの説明がナラティブであったことありました。というのも、言い方や捉え方によってはどんなものでも「環境に良い」と言えてしまうのです。そこで、定量的な分析に基づいて意思決定側が判断できるように工夫できないかという観点や、本質的にインパクト投資を推進したいという想いから、インパクトDDを導入するという決断に至りました。

GLIN:確かに、サステナビリティに注力しているかどうかに関わらず、投資の際にインパクト/ESG DDを実施しないことによる重大な潜在リスクへの危機感は持つべきだと感じますね。実際にある企業では、M&Aの際にESG DDを実施しなかったために、当初は見えなかった人権領域のリスクが露呈してしまい、結局すぐ手放すしかなくなってしまったという事例もあります。ESG DDの重要性はこの通りですが、インパクトDDの重要性に関しては、その事業は本当に環境に対してポジティブインパクトを生んでいるのか、そのインパクトは出資側の戦略や思想と一致しているのか等を見極める必要性が高まっていると思います。

GLINを選んだ理由

GLIN:御社がインパクトDDを実施する際に、GLINにコンサルティングサービスを依頼した理由を教えてください。

大庭:我々以外に、インパクトに関する専門性を持った第三者的な視点、つまり客観視が重要だと考えていたからです。

当時、実際にIMM(Impact Measurement and Management)支援を実施している会社にも何社か相談したのですが、そもそも、当時は「インパクトDDを支援できます!」と言ってくださる会社がほぼありませんでした。一方、GLINはインパクトDDを単体の支援として切り出せることがポイントでした。また、当社のインパクト評価への取り組みに非常に共感いただき、両者のビジョンの一致も大きかったのではないかと振り返っています。

GLIN:ありがとうございます。おっしゃる通り、インパクトDDは手法も市場もまだまだ発展途上です。サービスの提案当時、GLINは自社のVCファンドにおいてインパクトDDを実施しているのみで、他社へのインパクトDD支援実績はありませんでした。ただ、「皆様とビジョンを共にしながら、自信を持って伴走したい」という熱意をお伝えしたのを覚えています。

インパクトDDを実施してみて
〜4社の投資意思決定に至るまで〜

インパクトDDのプロセス

GLIN:実際にインパクトDDを進めてみて、いかがでしたか。

大庭:GLINには、DDの全体像のなかで主にインパクトに関するIMMの部分を担当していただき、オーダーメイド方式で1から我々に合ったプロセスを作っていただいたと思います。具体的には、ある程度我々の中で投資検討が進んだら、GLINと投資対象のスタートアップとで面談を行ってもらい、まずはToC(セオリー・オブ・チェンジ、以下ToC)作成のためのヒアリングを行っていただくというプロセスでした。

GLIN:多くのステークホルダーが関係しているなかで、投資判断の中にインパクトDDがどれくらいのウェイトを占めるのか、判断には苦労されたのではないでしょうか。

大庭:投資判断のなかでのインパクトDDの活かし方は非常に悩みました。そもそも「インパクト評価とは?」という初歩的な疑問から解決する必要がありましたし、従来KDDIが主に取り組んできたスタートアップ投資の投資領域以外の分野でもあり、非常に難しかったです。現在でも、インパクトを数値化したときに、領域が違う事業のインパクトを横並びで比較する方法なども模索中です。

GLIN:GLINとしても御社からフィードバックをいただきながらプロセスをさらに改善できたので、大変勉強になりました。

ファンドとして「CO2削減に貢献する」などの気候分野に絞った目標を掲げた場合、投資対象のスコープが狭まる可能性もありますが、横比較できるのがメリットにもなります。ただ最近では、そこまで投資分野のスコープを決め切っているVCは少ない印象です。ファンドのロジックや目標を作って、どこまで投資判断に落とし込むのかが現時点では重要だと考えています。

DDプロセスを1から設計する苦労とメリット

GLIN:他にインパクトDDを実施してみて苦労された点はありますか。

青木:社会的インパクトの定量化は非常に悩ましい部分でしたが、GLINにはインパクトの定量化とその価値換算の部分を、ToCを用いて工夫していただきました。意思決定者からすると「〇〇年までに〇〇万トンの削減」などの表記は想像しにくいのですが、そこを「ズバリ、金額にしたら〇〇円」という表現で単位を円で示してもらえて、事業会社にとっては非常にわかりやすかったです。

また、投資検討先はシードのスタートアップが多かったので、そもそもプロダクトになっていない事業の価値換算には工夫が必要でした。シード期でメンバーも限られる中で、過剰なDDや評価はお互いにとってもハッピーではありません。その点で、GLINにはスタートアップ側の負荷も考慮したKPIの策定プロセスを工夫していただきました。

GLIN:我々としても、今回の案件を通して、企業のフェーズがより早期である場合などはDDされる側にしっかりと寄り添う必要性を感じ、大変勉強になりました。一からのプロセス設計に工夫が求められた一方で、インパクトDDを実施してよかった点は何でしたか。

大庭:インパクト投資4要件2*に掲げられている「インテンショナリティ(Intentionality)」、すなわち、投資対象企業の社会的・環境的課題解決への意思を整理し、そのうえでToCを定めていただいた点です。投資対象企業の経営陣の思いを掘り下げて分析することで、いわゆる従来の財務DDと違う側面から分析でき、我々にとっても相手先への理解が深まりました。財務価値以外のポテンシャルを示すものとして、インパクトDDは使えるのだと確信しました。

また、DDを受けた企業側からも「創出したいインパクトを言語化でき、事業のターゲットが明確になった」とポジティブな反応をもらえた点は印象的でした。最近、IPOのタイミングで自社の財務的価値のみならず、自らが生み出すインパクトの価値を開示する事例も出ていると認識しており、今後さらにインパクトDDが広がることを期待しています。

青木:私もインテンショナリティがすごく大事だと思います。従来の財務DDだと、戦略や数字の話などに重きを置き、どこか冷たい感じになってしまいがちですが、インパクトDDでは、経営者自身から財務的成長だけでなく、生み出したいポジティブインパクトに対する思いを聞くプロセスがあるため、スタートアップをより多角的に理解することができるようになりました。インパクトDDを行うことで、いままで「すごく良いスタートアップだよね」となんとなく感じていたことが、言語化・可視化されるようになったと思っています。

GLIN:インパクト性を求めているファウンダーがいるということは、ビジネスの成長を求めているということですよね。その意欲の確認を面談を通じてアラインすることができましたし、投資するファンド側としても「投資においてサポートする体制が整っている」ということを投資先企業に示すことで、有意義な会話になったと思います。

ここまではプロセスについてお伺いしましたが、実際にインパクトDDを経て、成果はいかがでしたか?

青木:合計4社(2024年9月17日公開時点)の投資決定に至りました。インパクトDDが社内の意思決定において、どこまで貢献しているかはまだ明言できないのですが、グループ全体で「カーボンニュートラルの実現」を掲げている以上、インパクトDDを実施して非財務価値を定量化することが信頼にもつながりますし、大事だと考えています。まだ実施して1年しか経っていないので、今後KPIの進捗を含めて続けていきたいと思っています。

今後の展望
〜インパクトの共通言語化を目指す〜

GLIN:最後に、御社が見据える今後の未来について教えてください。

青木:今後もインパクト評価の取り組みを強化していきたいと考えています。とはいえ、社内においても社会インパクトという考え方はまだ十分に浸透しているとは言えませんし、投資評価への織り込みも改善の余地が多くあります。投資判断をする側に対して、算定した社会インパクトをどう解釈・評価すればよいか、投資する側と判断する側で共通言語を構築する努力も必要だと感じています。また、CVC全体の達成目標と、スタートアップ各社のインパクトの連動性を高めることができれば、CVCの活動の意義や成果を、もっと分かりやすく伝えられるようになると思っています。ゆくゆくはCVC全体の社会インパクト創出の進捗を、インパクトレポートのような形で報告できるようになれれば良いと思っています。

GLIN:ありがとうございました。インタビュー記事の読者にとって、インパクトDDの解像度が高まる貴重なお話だったと思います。今後とも両社ともによりよい社会の実現に貢献していきましょう。

  1. 柳モデル…非財務指標と企業価値の関連性を定量的に訴求するモデル。柳良平氏によって提唱され、ESG(環境、社会、企業統治)の観点から企業の持続可能な価値創造を分析し、その企業価値への貢献度を明らかにする(出典:柳 良平,「『柳モデル』によるESGと企業価値の関連性の訴求」, 月刊資本市場No.447, 2022年)
    ↩︎
  2. インパクト投資の4要件…金融庁が2024年6月30日に発表したインパクト投資の基本指針では次の4つが挙げられている。①実現を「意図」する「社会・環境的効果」や「収益性」が明確であること(Intentionality) ②投資の実施により、追加的な効果が見込まれること(Additionality)③効果の「特定・測定・管理」を行うこと(Identification/Measurement/Management)④市場や顧客に変化をもたらし又は加速し得る新規性等を支援すること(Innovation/Transformation/Acceleration)(出典:金融庁「インパクト投資等に関する検討会報告書」, 2024年6月30日)
    ↩︎

<参考情報>

https://www.kddi.com/corporate/sustainability/greenfund/

取材協力: KDDI株式会社
取材日:2024年6月19日(本記事の内容は取材日時点の情報です。)
文責:GLIN Impact Capital 竹内、鈴木